東京地方裁判所 昭和26年(ワ)3110号 判決
原告 小木曾晴之助
被告 京王帝都電鉄株式会社
一、主 文
被告は原告に対し金十万円及び之に対する昭和二十六年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告のその余の請求は棄却する。
訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、他を原告の負担とする。
本判決は、金三万円の担保を供して、確定前に執行できる。
二、事 実
第一、請求の趣旨
被告は原告に対し金八十八万円及び昭和二十六年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求める。
第二、右に対する答弁
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。
第三、請求の原因
(一) 昭和二十六年一月十七日午後八時三十分頃国電新宿駅南口前の京王帝都バスの停留場で中野行のバスに乗車しようとした原告は振落されて負傷した。すなわち乗客は列をなして乗車し原告も続いて乗車すべく右手でステツプ(上り段)の右側にある鉄棒につかまり右足をステツプにかけ、更に左足もかけようとした途端、バスは突然急激に発車進行したので、その反動で原告の身体は右手で鉄棒をつかんだまま車体後方に振寄せられ、そのため右足がステツプから外れ遂に停留場から数メートルの地上に横向に転落し、左足踵部を後車輪で轢かれるに至つたもので、その負傷は医師の診断によると「左足蹠中央ヨリ腫部ノ内縁ヨリ後端ヲ通リ外側ニ達スル弁状創アリテ皮膚ハ皮下脂肪組織ト共ニ剥離サレ跟骨骨面ヲ露出ス又短趾屈筋腱モ一部透見ス而シテ創ノ汚染度ハ少々、足関節部ノ腫脹アルモ各趾及ビ足関節ノ自動的運動ニ異状ヲ認メズ」とあり、同日直ちに東京鉄道病院に入院加療し、五月末退院したが、退院後も継続治療を要し二十六年中は自力歩行不能で松葉杖を必要とした。
(二) 右の原告の負傷はバスの車掌松原澄子、運転手曾我和夫の過失によるものである。すなわち、
(1) 車掌は乗降口横に居て乗降客を整理すべきであるのに松原は当時車内の奥にいた。
(2) 車掌は乗車が終り扉を閉じて後発車合図をすべきであるのに松原はこれをなさなかつた。
(3) 車掌は乗客に注意し乗降口から転落するようなことのないようにすべきであるのに、松原は原告の転落を知らず、他の客から注意されて知つた位で、右の義務を尽さなかつた。
(4) 運転手は車掌の発車合図をまつて発車さすべきであるのに曾我は合図なしに発車せしめた。
(5) 運転手は発車にあたりバツクミラーによつて乗客が完全に収つたことを確認してから発車せしめるべきであるのに、曾我はこれをせず、原告乗車中に発車せしめた。
これらはいずれも職業上要求される義務に違反したものである。
(三) 京王帝都バスは被告会社の経営するところであつて、右車掌、運転手はいずれも当時被告会社の被傭者として、被告会社の事業を執行していたものである。故に両名の不法行為により生じた原告の損害に対し被告会社は賠償の責任がある。
(四) 原告は東京日本橋江戸橋の藍沢ビル四階で店員二名を使用し独立して証券金融業を営むものであるところ、本件負傷により、事故の翌日から昭和二十六年一杯休業したことにより喪失した得べかりし利益は金六十万円に達し、事故当日入院後五月末退院するまでの費用は金八万円であり、又この事故による原告の精神的肉体的苦痛に対する慰藉料は、退院後の治療費を含めて金二十万円を相当とする。以上合計して被告会社は原告に対し金八十八万円を支払う義務あるものである。故に被告に対し金八十八万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二十六年七月三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第四、右に対する答弁
(一) 請求原因第一項中事故発生の日時場所及び中野行のバス(番号はいすず九二三五八号である。)に乗車しようとした原告が振落されて負傷したことは認める。負傷の程度及び予後は知らない。その他は否認する。同第二項中車掌、運転手の氏名は認める(但し車掌松原澄子の現姓は高橋である。)が両名に義務違反があつたことは否認する。同第三項中京王帝都バスは被告会社が経営していること、両名が当時被告会社の被傭者としてその事業を執行したことは認めるが、被告会社に賠償責任あることは争う。同第四項はすべて知らない。
(二) 事故の経過は次のとおりである。バスは南口停留場で超満員になり、車掌はそのあと更に終発のバスがあることを告げたが、客は制止をきかずステツプに二人乗車させたまま発車した。但し車掌は定位置に在り、発車は車掌の合図によつたものである。発車して一米位進行した時原告は追かけて飛乗りを試み、右側鉄棒を右手でつかみステツプに右足をかけ、左足をかけないままこの状態で数米進んだ時転落し轢かれたのである。当時原告は酒気を帯びていた。事故は原告の無理な行動によるもので、被告側の過失によるものではない。
第五、証拠関係<省略>
三、理 由
一、昭和二十六年一月十七日午後八時半頃国電新宿駅南口の京王帝都バス停留所から発車したバスに原告が乗車しようとして転落し負傷したことは当事者間に争いがない。よつて事故の具体的経過について按ずるに、原告主張どおりの事実は必ずしも認められず、かえつて以下のような事実を認めることができる。
(1) 高橋証人(当時の車掌松原澄子)の証言によると、前の停留所から始発したバスはこの停留所において超満員の状態となり、乗客は車掌の制止をきかずにステツプにも二、三人乗車し容易に車内に収まり難い状態なので、車掌は乗降口の扉を閉めることができないまま、運転手に発車合図を与えたことが認められる。この合図がなかつたとの原告の供述は、高橋、曾我、松田三証人の証言に照して採用できない。
(2) 原告本人の供述によると、乗り切れずに残つた者が可成りあつたが、原告はその先頭で次に乗車する番にあたり、発車の時には丁度右手右足を車体にかけて乗ろうとしていたところであつたと認められる。発車の時には乗ろうとしなかつた原告が車が三米位進んでから急いで乗降口まで追随し飛乗ろうとして手足をかけたという松田証人の証言は、原告の供述により、同人が平生このような危険な飛乗りをしないよう人に注意するのを常としたことが認められることを考え合せると、必ずしも採用しえない。むしろ既に乗りかけていたところだつたからこそ乗車をあきらめきれず、何とか車内に入る機会を見出そうとしたため事故を招いたと見るのを相当とする。尤も原告の供述によると同人は当時酒気を帯びていたと認められるから、そのため行動に慎重を欠くようになつていたであろうことは容易に考えられるが、事故直後病院において診察した時には酒気を認めなかつたとの村松証人の証言を考え合せると、平生の酒量を超えぬ飲み方だつたことが認められるから、酔つたとはいつても、常の原則を破つて動いている車を追掛けて飛乗りを敢行するまでに至らなかつたもので、ただ平生なら車が動き出すと共に乗車をあきらめるところをあきらめず多少無理しても乗ろうとする程度に自制心を欠いていたに止まると考えるのが適当であろう。
(3) 曾我証人(当時の運転手)の証言によると、運転手は合図に応じてバスを発車させ、暫らく最低限の速度で徐行したことが認められ、更に高橋証人の証言を考え合せると、右の徐行のわけは発車後直ちに下り坂にかかるからでもあるが一つには、満員でステツプ乗車している客を発車前に車内に整理すると、又次の客がステツプに上り、仲々扉が閉められないので、一応発車して、後続の客を断つた上、徐行しながら可及的速やかにステツプの客を整理し扉を閉めるという方法を運転手、車掌が採用していたためであると認められる。原告は急激に発車したと供述しているが、後段に認定するように発車と同時に振落されていない点に徴して採用できない。
(4) 発車の際における原告の姿勢については、その供述によるとステツプの右側にある鉄棒を右手で握つていたというのであるが、検証の結果、ステツプに足をかけ、胴体を車外に出した姿勢では、かりにこの棒を握つたとしても乗降口外枠の右側の部分が、握つている拳の甲を強く圧迫するため、到底握り続けられぬことが認められ、この事実と、原告が乗ろうとしてステツプに足をかけた地点と転落した地点との距離を検証するに、原告主張に従えば八米三〇糎、被告主張に従えば六米二〇糎である事実及び前記認定の徐行の事実を総合すると、右の原告の供述は必ずしも採用できない。可能な形としては、むしろ、右手の掌を車体につけ、外枠の右側の部分に指をそろえて掛け、右足でステツプを踏んだ姿勢にあつたと見るのを相当とする。
(5) 松田証人、原告本人の各供述を総合すると、右の姿勢をとつた時車が動き出したが、原告は乗るのをあきらめず、左足を地から浮かせて一応右手右足で車体につかまつた形になつたが、腰は充分伸びきらず左足はステツプに掛けられないまま車が進行し原告は下りようとしてかあるいは左足の跳躍を利してステツプの上に身体を乗せようとしてかトントンと二三度左足を地面に着けるうち、もともと強く把握していなかつた右手の指が外れて、右足を下さぬまま腰から先に下へ落ち、左脚は地上に伸びてその上にステツプから外れた右脚が膝から曲つて左脚大腿部に交叉して重なるような具合となり、伸ばした左脚の膝から先は車体の下に入り、左足の踵は丁度左側後輪の通る途にあたつたため、後記の負傷を生じたものと認められる。両人の供述中右認定とくいちがいのある部分は採用しない。
二、事故の経過は以上のように認定される。そこで被告側の義務違反について考察するに、
(1) 先ず車掌の位置については、原告は車掌は車内運転手席の二人位後方にいたと供述しているが、車掌の声を聞いたにせよ、満員の車内における位置を車外からかく明らかに認めうるとは、車体検証の結果に照し容易に信じられない。かえつて高橋証人の証言により同人が前の停留所発車の時閉めた扉をこの停留所の来客のため開いたこと、開く時には常に定位置においてすることが認められ、これに検証の結果認めうる扉の開閉機構を考え合せると、当時車掌は定位置にいたと認められ、この点に義務違反はない。
(2) 次に車掌が発車合図を与え運転手がこれに応じて発車したことは前認定のとおりであるから、この点にも義務違反はない。尤も発車合図に先立ち扉を閉めていなかつたと認められることは先に述べたとおりで、これが正当なやり方でないことはいうまでもない。然し終バス直前の殺倒する乗客を制止し、ステツプを空にして扉を閉めることを要求するのは、現下の交通事情に鑑み、女子車掌に対しては難きを責めるものというべき場合があり、本件もかかる場合の一つであつたといえよう。事故の数日前この車掌が乗車を制止されて昂奮した乗客から撲られたことがあつたとの同人の証言も考え合さるべきである。然し扉を閉めずに走行するのは許されぬところである。車が動き出すと続く客がなくなるので、その上で整理すればステツプの客も容易に車内に収まることは吾人の日常見聞するところであるからそこで窮余の策として、一旦発車し徐行しながら客を整理して扉を閉める方法をとつたのであつて、もとより安全性を欠くとはいえ、現在としては止むを得ない処置として了解され、むしろ乗客の側において自制すべきであろう。従つてこの方法をとつたことを以て直ちに義務違反を云為することは酷である。
(3) 然しながら右の危険性ある方法を敢て採用し扉を閉めぬまま発車合図を与え、これに応じて発車せしめる以上、扉を閉めてしまうまでの間、車掌及び運転手に要求せられる注意義務は極めて高度のものとされなければならないことは当然である。けだし扉を閉めるための発車なのであるから、閉めてしまうまでの徐行中は、本来停車中と同じ安全を乗客に保障すべきものであるからである。そこでこの点について証拠を按ずるに、高橋証人の証言によると、同人は発車後直ちにステツプの客を車内に収めることに努力しこれに成功して扉を閉めたが、その間原告のことは何も気附かなかつたことが認められ、前後の状況から判断すると、ステツプの客を収めるべき余地を車内に作ろうとする努力のため顔を車内に向けている間に原告は転落してしまつたので、視線をステツプに戻した時には既に気附くべくもなかつたのであろう。前記認定の原告の姿勢と車体検証の結果とを考え合せると、原告の身体は車掌の定位置から丁度蔭になつて見え難かつたとも思われるし、しかも転落までには僅々数秒間を経過したに過ぎぬと認められ、又高橋証人の証言によると事故に気附いたのは他の乗客に注意された結果であるが、直ちに停車した地点は検証の結果によると坂の中途で転落地点から三、四十米も進んだ処であるから、ステツプに乗つていた二、三人の客さえも原告の転落に気附かなかつた(或いは視野に入つても、安全に飛降りたと考えたのかも知れないが、)ことが推認でき、これらの事情からすれば、車掌が原告に気附かなかつたのを責めるのは酷のようでもあるが、先に述べたように危険性ある方法を敢てとる以上車掌にはそれ相応の義務があるのであつて、発車合図の直前右手をかけてつかまつていた原告が発車と共に乗るのをあきらめたかどうかを確認しておくべきものであつた。これをしないで直ちに視線を内に転じ原告の無理なつかまり方に、従つてその転落に、気附かなかつたのは、車掌高橋澄子に過失ありといわざるを得ない。
(4) 又運転手としても、この時刻この停留所であるから扉を閉めずに合図されたことは充分承知して発車し徐行したわけであり、かかる場合無理な乗り方をしている客が有るか無いかを充分注意すべきであつて、停留所を離れたところで一旦停車して前記乗客整理の目的を達するのを相当する場合もあると考えられる。検証の結果バツクミラーを使用すると、乗降口において車体外にはみ出している人体を識別できることが認められる。現場は繁華ではないが店舗の並んでいるところであるから、夜分とはいえ熟練した目にはこれを識別しうる程度の明るさであると考えられ、従つて発車後最低速で徐行した間、バツクミラーを注視していれば或は原告を認め得、無理な姿勢であるから停車して安全に下車させる機会もないではなかつたと考えられる乗降の安全に対する直接の責任はもとより車掌にあるが、右の点において運転手曾我和夫にも注意義務をかく点があつたと認められる。
三、以上見たとおり、本件事故は高橋澄子、曾我和夫の過失によつて起つたのであるが、京王帝都バスは被告会社が経営していること右両名は当時被告会社の被傭者としてその事業を執行していたことは、当事者間に争いがない。従つて、被告会社は両名の不法行為により原告に生じた損害を賠償する義務がある。
四、原告の負傷が原告主張のとおりであることは、成立に争いない甲第八号各証によつて認められ、入院加療の経過も高木証人、村松証人、原告本人の各供述を綜合して原告主張のとおり認めることができる。進んで損害額を見るに、原告本人の供述により成立を認める甲第九号証ないし第十二号各証及び弁論の全趣旨から成立を認めうる甲第十三号各証を綜合すると、原告が本件負傷により入院加療した費用、その間の附添人費用その他の雑費及び退院後口頭弁論終結時迄の治療費は合計金八万二千十一円であることを認めることができ、原告本人の供述及びこれにより成立を認める甲第六号証を綜合すると、原告は日本橋で証券金融業を営んでいるもので毎月の支出は最低金五万二千五百円を要し、営業していれば少くとも右金額相当の収入があるところ、事故当日から昭和二十六年末まで営業を休んだから、この間得べかりし利益を喪失した金額は少くとも金六十万円に上ることを認めることができ、これらはいずれも事故による原告の損害であり、更に原告としては事故により精神的肉体的打撃を蒙つているから、その慰藉料も相当額を計上すべきものである。
五、然しながら本件事故については、被害者たる原告自身にも過失があつたと考えられるから、これを按ずるに、高橋証人の証言によると、同人は乗り切れない客に対して、無理をせずに終バスをまつように何度も呼び掛けたのであり、原告本人もこれを聞いたと供述している。帰りを急いだとしても既にステツプにも二、三人乗つているのであり、かりに、その人々が車内に入ればもつと乗れると考えて乗り掛けたとしても、車体に片手片足を掛けただけで、完全にステツプに上つたわけでもない姿勢の時に車が動き出したのであるから、自重して乗車をあきらめ手足を離すべきであつた。前記のように多少は酒の勢もあつたのであろうが、押して乗ろうとしたところに無理があり、その無理な姿勢が転落を必然にし、ひいて負傷することにもなつたのであるから、事態を総観すれば、原告の過失がむしろ事故の根本原因であるといわなければならない。よつて賠償額の算定にあたり、原告の過失を斟酌し金十万円を相当と認める。
六、よつて原告が金十万円及びこれに対する昭和二十六年七月三日(訴状送達の翌日であること記録上明らかである。)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるからこれを認容しその余の部分はこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条、第八十九条を、仮執行の宣言については同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤完爾 和田嘉子 倉田卓次)